ろくでなしになる前の滝と野村と竜の勝負が残ったままだぜ!
ある時は渡り鳥・滝伸次の前に殺し屋ジョージとして現れ、また、太刀岡のクロとも名のり、ハジキの哲
とも呼ばれ、ハジキの政とも呼び、ハートの政を名のって大草原で大暴れした。海外では滝の兄になり、
ラオスの虎と恐れられ、そのまま滝伸次の前から姿を消した。
もう一方で、野村浩次の前には神戸昭三という徹底した悪玉となり、ロックの五郎では、浩次と凄まじい
激闘を演じた。かと思うと妙な衣装で坊主の政や十字架の政として、キザなセリフを吐いた。
剣崎竜二(抜き射ちの竜・早射ちの竜)の前では、コルトの銀であり、コルトの謙、コルトの譲であった。
《ジョーのつぶやき》 追加分は下の方にあります。 12月16日 *最新の「つぶやき」へ*
●世間じゃ俺が独り立ちした時のことを「裕ちゃん」がスキーの骨折事故を起こして「トニー」が亡く
なったから主役をはったって? とんでもねぇ、あれはこういうことだっ!
アキラとトニーのライバル役を演じて来たが、片方で「キッド(和田浩治)」のシャシンに客を呼べな
くなってきた。そこでジョーさんの登場とあいなったのさ。
●昭和31年に『第8監房』というシャシンがあって、俺の名前がクレジットされてるが、俺は出てない。
●森繁(久弥)さん達を4時間半も待たせたことがあったな『警察日記』の撮影の時に。
朝9時に撮影所に行って、午後5時まで待ってても誰も何も言ってくれない…
だから、俺は必要ないと…
(このあたりの詳細は小説『シシド』をお読み下さい:管理人)
●渡り鳥の俺の役は、本当は水島道太朗さんの役だったんだ。しかし、水島さんが「なんで俺がアキラの
相手役をしなきゃならねぇんだ」って。そこでカメラマンの高村(倉太郎)さんと、斉藤(武市)監督
が俺を推薦してくれた。
●38、9(昭和)年から吉永小百合ちゃんの純愛物が当たって、会社はシャカリキにそれ行ったでしょ。
活劇10本の中に純愛1本ならいいですけど…石原・アキラの系譜が「座頭市」「網走番外地」に持って
かれちゃった。
●ウチの子「スター・ウルフ」(錠さん出演テレビ活劇)見ないんだよね<注:1978年当時放映中の話>
[ここから以下は10月16日に追加]
●女子寮でパンツ盗んで殴られた・・・・三国連太郎に殴られた『女人の館』だったな。
●それまで植村謙治郎、安倍徹、佐藤允、高松英郎とか、いっちゃ悪いけど上手くないのね。なんでだろ
うと思うとね、殺してやろうかなって言ってるうちに殺されちゃうんだよね。それに二枚目の顔しか
しない。あんときニヤッと笑ったら随分違うんじゃないかなって。山崎厳という脚本家がね、ニヤッ
と笑うヤツいってみろって。ちょっと恥ずかしいけどやってみたわけ。
それ、バカ受けになっちゃって。
●小林旭の“渡り鳥”と赤木圭一郎の“拳銃無頼帖”と両方やっててね、ぼくもそのとき、これで10年喰
えるなって自信ありましたね。10年後は、また考えればいいやって。
10年後になって・・・まだ来ませんなぁ、10年後が(笑) <1978年8月当時>
●ぼくは映画280本出て満足いく映画ないしね。代表作ない。
しいて言えば好きな映画は“拳銃(コルト)は俺のパスポート”だな。
●赤木? うん。当時、ディーンとひき替えでね。あいつは運動神経悪いし、演技も下手。
だけど映画っていうものはそういうもんじゃないからね。あいつは絵になったときが、すごくいんだよ。
あいつは四期だったけど、入って来たときから光ってたね。バンサ(藤村有宏)とあいつの後援会作って
やろうよって、ありゃ往くなってね。煙草に火をつけて吸うだけで60年代の日米安保の暗い影を背負った
って表情なんかできないよ--
そういうもん持ってるのは希有だよ。
あいつ生きてたら、生き残るかどうかわかんないけど役者が好きな人だから残るんじゃないかね。
●俺ね、この顔ね。これを入れたとき、これ、また出せるのかって聞いたんだよ。出せないと思うっていう
んだ。切れば出せると思うんだよね。俺はいつか何かの映画で整形するようなシーンでね、ここを切って
さ中身出すのやろうと思ってんだよ。どんなものが出てくるか楽しみなんだけどさ。
うん、「悪党パーカー」か、いいね。あれは整形よくするしね、
うん、これ出すとまた顔変るだろうしね。
<1978年8月当時>ジョーさんは、こんなことを言ってました。そして、21世紀に手術をされたのです。
お披露目は映画ではなく、TVの「おしゃれ関係」でした。 詳しくは小説「シシド」をご覧下さい。
[ここから以下は10月22日に追加]
●「突然呼ばれてね、おまえと赤木に頑張ってもらうと言われて、『ろくでなし稼業』を渡された矢先に、
裕次郎が足を折っちゃった。それで。主演が早まったし、数的にも多くなった」
●「早撃ち世界第3位、0.65秒」信憑性を感じるキャッチコピー。大衆は数字に弱い……
「あれはもう、宣伝部のヒット。遠藤醇というのがいてね、『エースのジョー』もあいつがつけた。
0.65秒かどうか測ってない(笑)。極端な話、1位は誰でもいい(笑)。
あの頃はね『シェーン』があったから、アラン・ラッド、それにオーディー・マーフィー、そして宍戸錠
さ。
●「日活の魅力というのは、体育部系の中退野郎のノリなんだ。たぶん、卒業してんのは二谷英明ぐらい。
裕次郎も俺も渡哲也も入ったけど、出てない。
殴り合いをやると『やっぱ、こうやった方がいいんじゃない』とか、やってるうちに変わってくるんだ。
僕は1回やると大体覚えるから、相手が覚えていない時はやりながら、口で言うんだ。
『蹴って、右、右』『頭突きして』とかいいながらやる。それが早いんだ。我々は。
裕次郎も旭も赤木も、渡哲也も英樹もね、テンポが違う。
他社に行ってやると、変な間ができちゃって、
『そ・れ・じ・ゃ・あ・殴・っ・ち・ゃ・う・し・か・な・く・な・っ・ち・ゃ・い・ま・す・よ』
というぐらいにね(笑)。
●あの17年間の雰囲気を、やっぱり僕は確かに伝えたいですよ、あの勢いのあった日活映画の雰囲気をね。
なぜ残さないんだと、声を大にして言いたい。
小樽の記念館もいいけど、俺たちが残すのは、それじゃない。誰かにあの意気を残していきたい。
11/16
●よく“ジョーのネタさがし”といわれるけど、これは、何も奇をてらっているのではなくてやはり、一作
ごとに、何かしら、工夫、苦心をしなければいけないっていうささやかな祈りみたいなものですよ。
(このことは、大分前から、オーソンさんにいわれて、ただそれを忠実に守っているだけです)<管理人
・注:オーソンさんとは、尊敬するオーソン・ウエルズをジョーさんが神に例えている>
●ボクのデビュー作品は“警察日記”あの中で、ボクは、警察官の役をやった。
当然、拳銃を身につけたのだ。
そのとき、ボクは、拳銃を手で無器用にくるくると廻しながら、(その頃は、ランキングもない無名の田
舎ガンマンだった)ゲーリー・クーパー<管理人・注=西部劇の大スター、早撃ち世界一といわれた>の
ように颯爽としたガンマンをやりたいと思った。恐らく、その頃は、西部劇ばかり見ていたせいだろう。
いまはすっかり、ガンはボクの親友、いや身体の一部分になってしまった。
<管理人・注=デビュー作は『警察日記』とあるが、この前に5本出演、『女人の館』が最初>
●あれは、たしか、“渡り鳥シリーズ”の北海道ロケのときだった。
さいはての土地には、テレビもない。だけど、映画だけはあった。その土地の人にとっては、ときたま巡
回でくる映画が、最大の娯楽なのだった。それを知ったときに、しがない役者の心はうずいた。
ボクは決意した。誰がみても楽しめる完全な娯楽映画の俳優になろうと・・・・日活の映画は、無国籍映
画とよくいわれる。しかし、それはそれでいいじゃないか。オーソンさんも同感だね。何もない、映画だ
けしかない地方もあるのだから、気軽に、心から楽しめる映画を作る役者になればいいと思う。
しかし、完全な娯楽作品は、これまたすこぶるむづかしいと最近では考えた・・・・。
●ところでむずかしいといえば、この間の「用心棒稼業」のタイトル・バックは、ほんとうにむずかしかっ
た。ガンプレイを6ポーズといっても、ネタがないだけに、全く弱った。
●いま、ボクは、斉藤武市先生の「助っ人稼業」の撮影をしている。
斉藤先生は、ボクが、初の主役をやった「ろくでなし稼業」で、駄本も見ずに監督を引き受けてくれた。
“ダメな男”ジョーの第一回作品をぜひ、自分の手で、演出してやろうというのだ。ボクは、感激した。
<管理人=やはり、“渡り鳥シリーズ”で、ずっと一緒だったジョーさんのことを思われたのかな?>
●あの「ろくでなし稼業」が大ヒットしたのは斉藤先生のおかげだ。
その次の「早射ち野郎」も楽しかった。日本で初めての西部劇というので、ボクは、FBIの射ち方の
五つの基本型式をあれやこれやとガンプレイを研究した。
<以上は「ジョー随筆 オーソンさんへの手紙」映画アルバム・宍戸錠全作品集より1966年4月発行>
<管理人・注=『早射ち野郎』は後に、ジョーさんが語っている。以下・・・>
●“早射ち野郎”ですか。あれは野村孝と喧嘩しちゃって。俺はまるっきり(西部劇を)やっちゃえ。
野村監督はガンベルトはずしたほうがいいって。
台本読むでしょ。これは小林旭がやってることやらすわけだから・・・これも台本は山崎巌なわけでね、
だったら好きなようにやっちまおうって・・・。
●西武の町を駆け抜けるシーンがあるわけよ。そこを悪漢が狙ってる。ショットガンでね。
ショットガン連動しなくちゃいけない。ガスで連動してくるからって。
で、一発目で背中に命中しちゃったの。(シャツをめくって)こんな痕ありますよ。
ギャーっとひっくり返って。黒い皮のベスト、黒いカシミヤ、その下のメリヤスのシャツ全部ぶち抜い
て刺さっちゃった。もーやだ、こんな辛い思いして、映画なんかやめる!
もう映画なんかやらないって。
(ムービーマガジンのインタビューより 1978年10月)
<管理人=先の話と違ってるようですね(笑)、そのあたりもジョーさんらしい(笑)>

少し重いので時間がかかります

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