『北帰行より・渡り鳥北へ帰る』は、昭和37年のお正月興行として公開された。
1月3日公開・併映『メキシコ無宿』(主演:宍戸錠)
昭和34年秋・・・。「渡り鳥シリーズ」の第1作『ギターを持った渡り鳥』(日活株式会社よりDVD発売中 DVN-43
¥3,800)の舞台となったのが函館だった。
その函館に、いよいよ渡り鳥が帰ってきた。ロケ隊は空路を函館へと飛ぶ。途中、雪を被った岩手富士や、磐梯山(『赤い夕陽の渡り鳥』ロケ地)をながめながら旭さんはゴキゲン。
函館の飛行場に着いてからも、出迎えの人が顔なじみばかりなので、故郷に戻ったようなもの。飛行場の人たちの顔ぶれも変わらない。花束をくれた女の子まで同じなので思わずうれしくなった旭さん。渡り鳥・流れ者シリーズで全国及び東南アジアまでロケしているが同じ土地は初めてのこと。
飛行場から湯ノ川温泉に向かった。宿泊は新松旅館、前回ロケと同じ旅館で宿泊。泊まった部屋も同じ。日頃の疲れを癒しにすぐに温泉へ行く。
ムードアクションの先駆けといわれる『黒い傷あとのブルース』が前日、徹夜でのクランクアップだった。売れっ子の旭さんには仕方がないこととはいえ、超過密スケジュールをぬっての連続撮影だ。温泉に入り、ぐっすり眠って翌朝からのロケスタート!
元町・坂上ロケ ルリ子さんとの丘の上のロケ
翌朝7時出発、ロケ先は元町の坂上。「日本中で一番いいところだね、ここは」と斉藤監督がお気に入りの場所。左手にロシア風のガンガン寺教会が見え、右手に函館港が一望の下に見下ろせる。明治の頃、外国の宣教師が来て、ここに教会を建てた。
そして教会から鐘の音が聞こえだした。その音がガンガン鳴るので函館の人々が「ガンガン寺」と呼ぶようになった。教会の屋根が赤くエキゾチックな雰囲気に満ちている。函館は海と山が一帯となっている所。こういう風景は珍しい。(当時は地元の人も気づいた人も少ないらしい)「どこにカメラを据えても絵になるね」と監督はご満悦。「ちょっとしたモスクワロケだね・・・」白いセーターの上に黒いレザージャケットを着て襟元から真っ白いマフラーをなびかせた旭さんがルリちゃんに言う。二人は3ヶ月ぶりで一緒に芝居をすることになる。しかし、呼吸はぴったりで、クランク・インはこの坂上から始まった。
次に・・・一行は七財橋に向かった。ここは『ギターを持った渡り鳥』でも使ったところである。「北帰行」を旭さんがプレスコ*で歌うのだ。
* プレスコ=絵を見てセリフをあてる「アフレコ」とは逆に、「歌」に対して絵をあてる方法
《ここで書かれている「北帰行」の歌詞は映画の中でも無い別の詞なので掲載》
今日も静かに暮れて ヒュッテに ともしびともる
いろり囲み おもいはてなし あしたはいずこの峰か・・・
これは宇田博さんの詞でもなく、山男たちの歌のようです。斉藤監督の話から察すると、山好きの友人が好んで歌っていたといわれる詞がこれでしょう。ちなみに宇田博氏のオリジナル詞は5番までありますが、
その中にもありません。後に作者が宇田博さんと判明しましたが、当時は北海道大学山岳部の歌とされていたこともあります。
そして、ここに面白い記事があります。亡くなった赤木圭一郎さんは山登りが好きだった。その赤木さんが山に登って歌った愛唱歌がこれであるという噂です。つまり、小林旭さんが歌う前ですね。当時は色んな噂がとびかったようです。
<ロケ話・2へ>
出典:別冊・近代映画 「渡り鳥北へ帰る」特集号 昭和37年1月下旬号