「北帰行」は作詞・作曲の故宇田博さんの生き方そのものを歌ったものだそうです。
宇田博さんは病床で、奥様に託されました。自分が死んだら葬式はいらない。
このテープをかけて、君(奥様)が描いてくれた私の絵を飾るだけでいいと。
そのテープには、大好きだった小林旭さんが歌う「北帰行」が録音されていたそうです。

『北帰行より・渡り鳥北へ帰る』ロケ話・2
 
 

冬の北海道は日暮れが早い。3時になるとたそがれてしまう。
カラーフィルムは、このようなたそがれに弱い。(劇中、伸次が橋のたもとに座ってギターを弾くシーンは、さすがに暗い)。“色温度”の関係で、赤い屋根も海の青い色もそのままには撮れない。仕方なく撮影は中止(*この前にギターのシーンを撮ったものと思われる)。

ホテルに戻って、温泉で冷え切ったカラダを温める。大好物のイクラをたっぷり食べて旭さんはゴキゲン。その後、レコードを聴いたり、トランプで遊んだりした後にぐっすり。

ロケは、二日目。駒ヶ岳に行く。
良太少年が病院にいてもつまらないので、遊びに行こうとせがまれて、ソリ遊びに行くシーンの撮影。旭さん、ルリ子さん、島津坊やの3人ともソリに乗るのは初めて。
あたり一面の雪の原を見て旭さんは「アラスカへ行くのが楽しみだね・・・」アラスカロケに夢を馳せた。(*『アラスカの嵐』の海外ロケが企画されていたが実現せず)

*ここで「渡り鳥シリーズ」は8本目、同じ形式の「流れ者シリーズ」を入れると15本と記述してある。これは単なる計算ミス? それとも、この当時はスタッフ関係者間では流れ者は7本と捉えられていた?

ロケ三日目。波止場のロケだ。
おなじみのラストシーン。青函連絡船は『ギターを持った渡り鳥』でも使っている。今回は伸次が東京へ帰る設定。

【本編では冒頭、伸次の親友でありバンド仲間である岡田がいきなり銃で撃たれて死ぬシーンから始まる。そこには岡田(青山恭二さん)が書いた「北帰行」の楽譜が残されていた。岡田が愛用していたギターを届けに函館の町を訪ねるという設定。岡田の妹の由美(浅丘ルリ子さん)、そして偶然知り合った子供は岡田の子供であり、彼の妻は病身だった。入院した友人の妻の治療費を稼ぐために彼に代わってギターを弾き、酒場を流して歩く伸次。・・・おなじみの歌がつづく】

港での別れぎわ、伸次はギターを返そうとするが、由美は受け取らない。持っていて欲しいという。それは再び会うためのほのかな恋心。
「今度くる時まであずかっておいて欲しい・・・」
いつ会えるかは、わからない。ただじっと待ちつづける由美。
会えることを信じる由美の瞳は輝いていた。

その後は場所を移して函館空港。
警察に追われて空港から逃げようとする悪玉を追いつめた伸次。
セスナが今まさに飛び立とうというシーン。
空港ビルをたてに激しい銃撃戦となる。
ついには格闘となり、伸次のパンチが飛ぶ。
ハジキの政役の近藤宏さんの頬にまともにパンチが入る。
肌が切れるほどの極寒の中でアクション、何もしなくても痛い。
その上にパンチを食らって「痛い、痛い」と思わず声が出る。
「ハイ、カット」斉藤監督の声がかかると、旭さんはその場所に大の字になった。心配したスタッフが顔をのぞくと、旭さんがニヤリと笑って「なんでもないんだ。疲れちゃってね。こうやってひっくりかえるといい気持ちだね」とケロリ。
凍るような星空の下、地面もコチコチに凍っている。
そんな上に大の字になって寝転がる。
もしかすると、この2年間のことを思ったのかも知れない。
渡り鳥シリーズは、この撮影が終わると、今回限りでしばらくお休みになるシリーズである。(*このように記述してあります)

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出典:別冊・近代映画 「渡り鳥北へ帰る」特集号 昭和37年1月下旬号




立待岬での断崖ロケ
「風に吹かれて海に吸い込まれそうだった」と旭さん

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「北帰行」はこうして生まれた

ヒット曲「北帰行」は後に「艶歌の竜」と呼ばれた元コロムビアのディレクターである故馬淵玄三氏に見出された。「ダンチョネ節」「ズンドコ節」「さすらい」とヒット曲をたてつづけに生み出した氏は、ある日旭さんを新宿の歌声喫茶に呼び出した。当時、大人気であった「歌声喫茶」の流行り歌を10曲セレクトするように、予めスタッフに手配を頼んでいたのだ。撮影の合間をぬって旭さんは馬淵氏と歌声喫茶に行き、そこで聴いた「北帰行」に魅了された。「歌声喫茶」は「山男の歌」や「山小屋の灯火」に代表されるように山男の間で歌われる歌が多かった。その中のひとつとしてそれはあった。曲を気に入った二人は、その足でレコーディングスタジオに行き録音した。
当時は作詞・作曲者不肖として紹介された。歌がヒットし、様々な人が作者として名乗りをあげたが、当時TBS社員であった宇田博氏が正真正銘の作者であることが判明した。それは友人が旅順高校時代の教科書に、その歌詞をメモしていたことから証明された。このあたりの経緯は、かつてNHKテレビで放送されたことがある(時期不明)。『渡り鳥北へ帰る』の映画の一部とともに、生前の馬淵氏と旭氏が当時を振り返っての談笑であった。その中で旭さんはオリジナル歌詞である4番を歌っている(オリジナル詞は5番まで)。歌詞を記すことができませんが、宇田氏が旅順を追われるようにして日本に帰らなければならなかった心情が歌われています。自分にとっては、あまりにも狭いと思える国を
去らんとするとき、それでも未練か小枝の花の色にそれを見るというような内容です。
ちなみに5番の歌詞は、旭さんの歌の3番に近い内容です。

--- *上記のNHKの放送について、NOBOさんから情報を頂きました。
1997年4月12日(土)NHK総合午後7時30分より75分番組として放送された
『そして歌は誕生した 第3話』で「襟裳岬」、「なごり雪」とともに「北帰行」が取り上げられました。(11/22.02)

『渡り鳥北へ帰る』ロケ話・1へ
 

 
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